my priorities~軌(奇)跡~

青年海外協力隊 2018年度3次隊/青少年活動/ネパール 活動記録や想いを綴ります

どうして協力隊に行こうと思ったの?~what made you to go to the JICA`s volunteer?~

これから協力隊に行くと色々な方々にお話しすると、よく「どうして協力隊に行こうと思ったの?」と聞かれます。

 

反射的に「大学の時から行きたかったからです!」と答えてしまいますが、恐らく質問して頂いた方はそういう事を聞きたいのではなくてもっと核心…の部分を聞きたかったのではないかと思います><

 

なのでこちらで整理してお伝えしますね^^

 

最初のきっかけは小学生の時に児童集会で、フィリピンのスモーキーマウンテンで同年代の子どもたちが働くドキュメントを見たことでした。

 

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不衛生でガラスの破片等が飛び散るゴミ山の中を裸足で歩き回り、お金になりそうなものを探したり食べ残されたものを食べて生活している子どもたちがいる…

 

自分と180度生活環境が違う子ども達の姿を見て雷が落ちたような衝撃を受けました。

 

他にもテレビであった特集ですが、アフリカのカカオの農園で過酷な児童労働を強いられる子どもたちがいたり、

 

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ロシア等の極寒の地域では、不衛生でねずみが這えずり回るマンホールの中で生き延びる子どもたちがいる等…

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日本とはかけ離れた環境で病気と隣り合わせの生と死の苛酷な環境の中にいる、学校に行きたくても行けない子どもたちがいる…

 

この人たちの為に働きたい!!!そう思ったのが最初でした。

 

なので大学も開発援助を学べるところを選び、夏休みや春休みの長期休暇を利用して

NGOやJICAが支援する地域(タイ、カンボジア)でボランティアをしたり、

大学の学園祭ではタイ、フィリピン、ネパールのフェアトレード商品を販売したり、

女性の機会均等を促すNGOプランで活動したりしていました。

 

ですが…

大学生で専門性のない自分が途上国に短期で行っても何もできやしませんでした。

 

タイ北部のメーサイを経由してミャンマーに立ち寄る際、老若男女問わず悲しい目をして物乞いをしている人がいた、

 

カンボジアの第2の首都バッタンバンを夜歩いている時、ドラッグを吸ってふらふら歩いている子どもたちがいた、

 

集団で物乞いを迫ってくる子、赤ちゃんを抱えて物乞いをするお母さん、ぼろぼろの服を身にまとって途方もなく歩き回る子…

 

生活に苦しんでいる人が目の前にいるのに、何もできやしなかった自分に悔しさが込み上げてきました。

 

ただ開発援助の勉強をしたからといって、英語が多少話せるからといってそれだけでは何もできない。専門性がないと何もできやしない。

 

その時たまたま大学の教授が最初に「資格を何個取得しても授業料は同じ」という名言を吐いてくれたお陰もあり、なんとなく教員免許を取得しようとしている最中でした。

 

ですがこの時、点が線になった瞬間を感じました。

 

教育で開発援助の仕事をしよう、と。

 

そして大学の講義でよく耳にしていた青年海外協力隊なら2年という長期で、自分の専門性を活かして活動できる

 

教員免許第一種(中学社会、高校公民)を取得しても経験がないから、小学生~中学生まで幅広く接することができる塾で経験を積んでから行こう。

 

これが青年海外協力隊に行くきっかけでした^^